親又は子が認知症の場合の相続
目次
- ○ 親又は子が認知症の場合の相続
- ・被相続人が行う法律行為は有効か
- ・各種の相続対策が無効となる
- ・成年後見制度とは
- ・相続人が認知症である場合
- ・家族信託
- ・家族信託のメリット
- ・家族信託のデメリット
親又は子が認知症の場合の相続
全国の認知症患者は、2025年では675万人(19%)に増加し、さらに2060年には850万人(25%)まで増加することが予想されています。
これは、認知症の病率が現在と変わらないと仮定した数字なので、認知症の病率が増加する場合には2060年において1154万人(34.3%)、3人に1人が認知症という驚くべき数字となります。
被相続人が行う法律行為は有効か
民法3条2において「法律行為の当事者が意思表示をした時に、意思能力を有していなかったときは、その法律行為は、無効とする。」と明記されています。
法律行為が有効となるためには、大前提として意思能力が必要となります。
認知症の人のように、法律行為の結果を理解できないような者を相手方とする法律行為は意思能力を欠き、法律行為は無効となります。
各種の相続対策が無効となる
認知症の疑いがある人が財産を所有している場合には、トラブルを回避するため何らかの対策を立てておかなければなりません。
相続対策をせずに亡くなってしまった場合、多額の相続税が発生し、相続人に財産を残すことができなくなってしまう場合もあります。
具体的には、以下の相続対策が関する行為が出来なくなります。
・養子縁組
・生前贈与
・不動産の賃貸
・不動産の売却や購入
・不動産の修繕やリノベーション
・遺言書の作成
・生命保険への加入
・生産緑地の解除や農地転用
・議決権の行使(株主の場合)
いずれも、相続税対策において不可欠なものです。
成年後見制度とは
成年後見制度とは、認知症や精神障害などにより、判断能力が低下してしまった人を法的に支援する制度で、平成12年4月1日より開始されました。
現在、約20万人がこの制度を利用しています。
この制度は、判断能力が低下してしまった本人に代わって、親族や弁護士、司法書士などが、財産管理や契約行為を行うことが出来る制度です。
後見制度には2種類あります。
本人が元気なうちに、将来認知症になった時のために後見人を選んでおく「任意後見制度」、既に判断能力が低下してしまったあとに、後見人を家庭裁判所が選定する「法定後見人制度」です。
①任意後見制度とは
現在認知症となっていない人が、将来認知症になってしまった時に備える場合に利用する制度です。
将来的に後見人になる人を事前に決定し、公正証書で契約書を交わしておきます。
その後、認知症の症状が現れた時に家庭裁判所に対し、任意後見人契約を有効にしてほしい旨の申し立てを行います。
家庭裁判所は任意後見人が本人の不利益になるような法律行為を行わないかチェックする「任意後見監督人」も選任するため、ダブルチェック体制で認知症になった人の利益を守ることが出来ます。
②法定後見制度とは
すでに認知症になってしまった人のための制度です。
家庭裁判所は、家族の事情等を考慮して、成年後見人を選任します。
家族が選任されることもありますが、家族が本人に代わって行う行為は、必ずしも本人の利益にならないとみなされる場合もあり、最近の成年後見人の7割は家族以外の専門職の方が選任されています。
③成年後見制度を利用するデメリット
・成年後見人に対して毎月報酬を支払う必要がある
本人の財産より成年後見人に対して一定額の報酬を支払わなければなりません。
基本的には毎月2万円程ですが、資産を多くお持ちの方は更に上乗せとなります。
・後見人として就任すると通常途中で辞めさせられない
成年後見人が自分の利益のために横領する等のよほどの事情が無い限り辞めさせられない仕組みとなっています。
・節税対策が禁止される
本人の利益を守ることを目的として行動する事が求められるため、亡くなった後の家族、親族への節税対策は出来ないこととなっています。
・選任手続きに時間を要する
申請後、審査期間を要するため、選任までには申し立て後約3ヶ月程度かかります。
・一定の職業等に就けなくなる
成年後見制度を利用するということは、正常な判断をする能力が弱くなっていると考えられるため、重要な業務を行う仕事に従事することは欠格事由として制限されます。
相続人が認知症である場合
相続人の中に認知症の方がいる場合、遺産分割協議に合意することも法律行為にあたり、正常な判断能力を欠き有効な意思表示ができないため、成年後見人の選任を行う必要があります。
成年後見人が家庭裁判所によって選任されると、その後見人が認知症の相続人に代わって遺産分割協議に参加し、最終的に遺産分割協議書にサインすることで相続が完了します。
家族信託
認知症への対策として、非常に注目されているのが家族信託です。
家族信託とは、「財産の所有権のうち、管理する権利だけを信頼できる家族に移す」というものです。
現在の家族信託は、平成19年に新設された制度で認知度は低いのですが、徐々に認知され始めています。
家族信託のメリット
・本人(老親等)の体調・判断能力に左右されない財産の管理ができる
本人が元気なうちに財産の管理を託せることから、本人の判断能力が低下・喪失しても資産凍結されることなく、管理を託された子(以下「受託者」という)主導で、財産の管理・処分が実行できます。
・成年後見の代用として柔軟な財産管理が実行できる
成年後見人には、前述のような負担や制約があります。
本人が元気なうちに、本人の希望や方針及び付与する権限を信託契約書に明記できるため、受託者は本人の希望に即した柔軟な管理が実行できます。
・遺言の代用及び受遺者の財産管理が実現できる
家族信託では、「遺言」の機能として本人死亡後の財産の承継者を契約書の中で指定できるとともに、本人死亡後も引き続き受託者の財産管理が可能となります。
・自分の思い通りの資産相家の道筋が実現できる
家族信託には上記のように遺言の機能がありますが、さらに2次相続以降の資産の承継先まで指定することができます。
これにより、自分の希望する順番で何段階にも資産承継者の指定が可能となります。
家族信託のデメリット
・損益通算ができない
収益物件を信託財産に入れた場合、この信託財産の年間収支上の赤字は、なかったものとみなされます(租税特別措置法41の4の2)。
信託財産に関する損失は、信託財産以外の所得と通算し、課税対象の所得を減らすことはできません。
また、その損失の翌年への繰り越しもできません。
・家族信託では「遺留分減殺対象財産の順序指定」ができない
相続発生時の遺産の全てを生前の信託契約に網羅しておくことはできないので、遺産分割協議を排除するためには、信託契約とは別に遺言書を作成し、すべての遺産の承継先を指定しておく必要があります。
・家族信託では「身上監護権」ができない
信託の受託者は「身上監護権」がないので、「受託者」の身分で入院手続きや施設入所手続きをすることができません。
「身上監護権」が必要であれば、成年後見制度を利用して、後見人として行使しなければなりません。
しかし、通常は子や家族の立場で入院・入所手続きをすることが可能なことから実質的には子や家族である受託者が身上監護面も対応できるケースは多いでしょう。
・税務申告の手間が増える
資産の一部又は全部を信託財産とした場合、その信託財産から年間3万円以上の収入がある時は、信託計算書・信託計算書合計表を所轄税務署長に提出しなければなりません(前年分を翌年1/31まで)。
また、信託財産から不動産所得がある場合は、確定申告の際に、不動産所得用の明細書の他、信託財産に関する明細書を別途添付しなければなりません。
・長期間当事者を拘束する
信託には、1次相続だけでなく、2次以降の財産承継者まで決定できるという機能があります。
そのため、何世代にもわたり資産の処分に制約をかけてしまうリスクがあります。
最先端の財産管理・資産承継の仕組みである「家族信託」ですが、家族信託=節税策という短絡的な話ではありません。
家族信託を組むだけでは、直接的な税務面のメリットは生じません。
相続税対策なのか、成年後見制度に代わり柔軟な財産管理の実現なのか、老親や家族にとっての「目的」を明確にしなければなりません。
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